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異邦の騎士

「ミタライアン」「カズミスト」と呼ばれるマニアまで生み出した島田荘司御手洗潔シリーズの中でも、非常に重要なポジションをしめる作品。それを抜きにしても、泣けるミステリーとしても良質な作品となっている。自分は泣きはしなかったものの、切なすぎるラストには胸をかきむしられた。

 

しかし、それ以上に自分はあとがきに心奪われてしまった。もう何度読み返したかわからないし、とくに自分がどこへ向かっているかわからなくなったときは必ずといっていいほど思い出す。大学卒業を間近にひかえたころはは3日に1回はあとがきをめくっていたくらいだ。

 

内容は著者の島田荘司が小説家になるまでの身辺事情である。その日暮らしの生活をしていた著者が、「ここから抜け出すには小説を書くしかない」と思いながら悶々としていた日々と、その原動力となったミュージシャン・チックコリアについて熱く語っている。

 

島田がチックコリアからエネルギーをもらったように、自分は「小説家・島田荘司」から大量のエネルギーをもらった。残念なのは、島田がここで書いている「浪漫の騎士」というアルバムが、自分はあまりいいと思えなかったことだが、まあそれはそれでいい。

 

成功者が下積み時代に経験した苦労話は、ベストセラーになりやすい題材の1つだ。とくに作者と似た体験をしている人は、完成度や文章力よりも「こんな苦労をしているのは自分だけじゃない」という共感意識で買うのだろう。この「共感」という言葉はベストセラーを作るためには非常に有効な要素ではないだろうか。とくに日本人は「他人とわかちあう」ことが好きな傾向にある。個人主義や個性という言葉が一般的に使われるようになっても、お笑いは「こんなことあるよね」的な笑いがウケるし、ファッションの流行りっぷりはすさまじいの一言につきる。日本人がそうなのは、自分に自信がないのではなく、世界的に見てマレなほど自我を抑制する才能があるからだろう。自分の欲望や衝動に素直になるのが動物であるとするなら、日本人は世界でもトップクラスに進化した人類だと言えるが……。

 

日本人がニュータイプかどうかなんてことは、この本には関係ない。いや、一般的な日本人と比較して、明らかに別のタイプに属する人物が1人登場する。この人物にあこがれるあまり東急東横線沿線に引っ越そうかと真剣に考えたことがある。あんな風に自由に生きたいもんだ。

 

著者: 島田 荘司
タイトル: 異邦の騎士